2023-11-30
昭和17年京都市電話番号簿に掲載を確認しました
昭和17年京都市電話番号簿に創業者氏名・電話番号・住所・職業が掲載されていました
京都学・歴彩館所蔵
弊社創業者 阿倉彌五郎は大正13年「壬生相合町7番地」で創業し、事業拡大に伴い移転して太平洋戦争中に強制移転の末、現地に落ち着いたと聞いておりました。強制移転前は「高辻坊城角地」であったと二代目「阿倉啓次郎」から聞いておりましたが、昭和17年電話番号簿により納得いたしました。
電話番号「壬生84-3836」は、現在地「下京区中堂寺北町19番地」でも昭和30年代まで使用していました。その後、現在の「311-3836(FAX番号使用)」に変わりました。
職業は「染色業」。「染色業」は多岐に及ぶ総称に過ぎませんのでピンと来ませんが、昭和17年と言えば大戦中であることから、区別することなく総称が使われたのかも知れません。
住所は「壬生辻町」までは判読できますが、末尾の番地が解読できませんので詳細な場所は不明です。「壬生辻町」は創業地「壬生相合町7」から高辻通りに沿い300m程度西に位置しますので、創業地の近隣地です。また、現在の工場所在地と創業地の中間の位置関係に当たります。
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